ギターだけを持ってうろうろしている頃の話です。振り付けの練習を兼ねてスタジオに行った帰りに 近くのラーメン屋に寄りました。其処のラーメン屋で隣に座っていたおじさんがわたしのギターを見て 「おぉ、きみはギターを弾くのか?そうか、おれも弾くんだ。ところでおれはそこで店をやっているのだが おれの右腕にならんか?」と言いました。あまりに突然だったのですが、その頃風来坊だったわたしは 「考えさせてください」と言い、ぼんやりとしていました。その内、おじさんに 「飲みに行こう」と言われタクシーに乗り込み、全く分からない場所に来てしまいました。1時間程店にいた後、 「家に来いよ」と言われ、更にタクシーに乗り、よりますます分からない場所に連れて行かれました。
おじさんの部屋は、 引っ越したばかりなのだ、と言うだけあってダンボールが一杯でした。箱を適当に片付け座り込み酒を飲み始めました。 おじさんが「何かやってみろ」というのでわたしは自作の曲を2,3曲やりました。「うーん、いいなぁ、坊主、いいぞ、よし、 次はおれの曲を聞け」といいベースを持ち出してきてチョッパー演奏をしながら一曲歌いだしました。 その曲はどう聴いても「青い影/プロコルハルム」だったのですが、おじさんがしきりに「おれの曲はどうだった?」と 聞き、またその目が尋常ではなかったのでわたしは「いいですね」とだけ言いました。そのうちおじさんはいきなり後ろを振り返ると 「うるせぇ!」と言いながら手を振り出しました。わたしは少々、危険を感じたのですが、もう少し様子を見ることにしました。しばらくするとおじさんはまた後ろを振り返り 「うるせぇんだよ!」と言いながら手をブンブン振り回しました。しかし、わたしに対して言っている様子はないのでわたしは首をひねりました。 「はて?これは・・・」おじさんはひとしきり手を振り何事かを呟くと座り込み、なんでもなかったように飲み続けました。
時計は5時近くを指しました。おじさんは三度立ち上がると「あぁ、もう、うるさいんだよ、これか?これか?」と言いながら ダンボールをどかし始めました。あるダンボールの下に写真がありました。おじさんは写真を拾うとホコリをはらいテーブルの上に置きました。 「ごめんな、さっきから。これは去年死んだお袋の写真なんだ、重い、重いってさっきからうるさくてな」 おじさんはとても優しい顔になって言いました。