ものがたり日本の神話

古本屋で「ものがたり日本の神話」を購入。平仮名でものがたり、となっている所が安心感を
呼び起こす。「古事記」を読んでいるといつも神様の名前が難しくて混乱してしまうので、こういう簡単なものから読んで徐々に慣れ親しんでいこうという算段だ。天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、高御産巣日神(タカミムスビノカミ)等、こういう名前が頻出し更にウマシアシカビヒコヂノカミ(もう漢字はきついので書かない、書けない、書きたくもない)、アメノトコタチノカミなどが出てくると、もう徐々に脳細胞が死滅していくだけの我が身には寒さ以上にこたえるのである。

よって読むに従い主語を飛ばす。「誰が?」という所に一切の疑問を置かず、また「誰に?」
という所もあまり気にせずに読むしかなくなるのである。「何々ノカミ」しか分からないので、
わたしの頭の中では常に神々による近親相姦が行われ、同族における殺戮が行われる。
それはそれで面白いのだが、まっとうな読み方ではないし筋も何もなくなってしまう。わたしの薄弱な頭脳でソレと判断がつくのは「ヤマタノオロチ」が出て来るところくらいで、10歳くらいから全く進化していないことに気付き、愕然とした。さて「ものがたり日本の神話」であるが基本的に神様名は漢字もあるのだが大部分がカタカナになっている。しかし、名前は同じなので読みにくい上に覚えられない。切羽詰ったわたしは決断を下した。新しい名前を付けることにしたのである。「これはイイ!グッドアイディアーだ!」
わたしはそれぞれ、「アメッチ」、「タカッチ」、「ウマッチ」と頭の名からあだ名を付けることにした。これならスイスイ頭に入る。必要は発明のマザーとはよく言ったものだ。あとはあだ名に慣れ親しみすぎて本名を忘れぬようにすれば良い。本名をね。