「シーシュポスの神話/カミュ」の中の「カフカの作品における希望と不条理」を読む。そこから 「ある流刑地の話/カフカ」の中の「二つの対話」を読みたくなり読んでみる。これは完全な狂気だ。 不条理というのがいまだに良く分からないが、「二つの対話」がギリギリの精神状態で書かれている、というのは分かる。 魯迅の「狂人日記」も素晴らしいがそれとは全く種類が違う。ニーチェの狂気、ゴッホの狂気。 ここで新たな疑問が提出された。それでは正常とは一体どのような状態であるか??? わたしの思考はここで完全にストップした。ご飯を食べてもボロボロとこぼし、珈琲を飲めば床に撒き散らし、 口にくわえているタバコを落としてしまう、という様なのでこれ以上、そういうことは考えないようにする。 そこでジミ・ヘンドリックスのDVDを見る。ギターが生き物のようにうなっている。 わたしが初めて買ったジミの音はスウェーデンのテレビ番組かナニかのショウの音源であった。 ギター弾きのはずなのだがそこから聞こえてくるのはギターのソレではなかった。 銃器の類の武器を使用しているのではないか?そう思った。よーく聞いてみるとギターの音のような気がしないでもない。 ソレ関連の本を読むと弦の太さやピックアップのコイルの巻き数などに工夫を凝らしているらしい。 わたしはその数日後には、買って一月も経たないギターのピックアップを分解し、コイルの巻き数を変えてみた。 勿論、そのピックアップは接触不良となり、二度と音が鳴ることはなかった。。。 コノ出来事は別に不条理ではないし、恐らくは狂気も全然関係がない。
シーシュポスの神話とカフカ
本
