最近、独り言を言った後でそれが独り言であったことに気付き、 我に返るようなことが多くなった。ひどい時には手振りさえ交えての 呟きであり、しかもそれが真昼間の天下往来であったりすると 少々考えざるを得ない。ブツブツ言っている内容は別段、危険なものではなく 道を歩きつつ「この道がずーっと続いて・・・」と言いながら、指で確認するという 極めてリアリズムに即した日常的なモノである。 人類の隠された秘密や宇宙人とのコンタクト風景、あるいは「おれは光を見た!」などと いう超極秘事項は日頃の精神修養と強靭な意志力で制御しているので、 そういうことを無意識に口走しる恐れはわたしにはない。 生爪をはがされたり、ローソクをたらされたりという拷問や責め苦を 受けでもしないと簡単には白状しないぞ!という幕末志士の精神である。 素晴らしい。だからと言って雲が流れて行く様を見て 「あー、こう左から右にざーっとね」と言いながら、 手を同じように動かして空を眺めているのは自分でやったこととはいえ、 何か問題があるような気もする。 ましてやそれが独りであり、「ハッ」と気付いたときには尚更だ。 そこで独り言を「自分とのお喋り」あるいは「自己との対話」と定義してみた。 こうなると大分、趣きが違ってくる。言葉を置き換えただけで行為そのものにも 変化が起こったかのような錯覚に陥る。 さぁ、続けよう。「ひとりぼっちの自己分析」。 これはもう一つなので、「自己分析の魔王」あるいは「自己分析の権化はきみに語りかける」とする。 これはいい。「わたしという名の心理学者の発見」悪くない。 「心~宇宙の旅路を求めて」宗教本の題名みたいになってきた。
「鏡をのぞいて、初めてのわたしとこんにちわ」
「わたしという名のあなたになりたい」
「梵我一如への試み」
「わたしの知らないもう一人のわたしへ」
「わが精神の大宇宙~それはいつでも開きっぱなし」
「宇宙の旅路 白鳥座X-1からの秘密暗号を傍受せよ!」
「精神の闇に巣食うもう一人のジェイソン! チェーンソーはおれのモールス信号」
今後、「独り言」は以上のどれかで呼ぶことに決めた。
独り言
雑感
