あまりに日差しが暖かいのでそのせいだろうか、突然、思い立ち「今日は例の調査に行きませんか?」 とケースケ殿に電報を打つ。「えぇ、ようございますよ」殿から軽快な返事が来る。 夕刻になると東急電鉄に飛び乗り、渋谷へと向かう。 渋谷に着いたのはいいが、何処でどうすれば良いのか分からないので 人気のない場所でしばし、休憩。しばらくすると殿から電話が入り、「渋谷に着きました。今、何処におるのですか?」 「うーん、ここは渋谷です。」「えぇ、分かりました。渋谷ですね。今行きます」 冷静に考えれば二人とも渋谷にいるのである。 しかし、殿は話に合点がいったかのように明瞭に答え、電話を切ろうとする。 「いや、ちょいと待たれい」とわたしは現在地を説明する。が、上手く伝わらない。大体において 「あの赤いものを持ってきてください」とお願いすれば白いものを持ってきてしまう人に 複雑な説明をしても、こちらの不安が増すばかりである。よって避けたいことだったが、 ハチ公の前で待ち合わせましょう、と言うことになる。 ハチ公前は待ち合わせの人、人、人で大変なことになっている。 わたしはハチ公から離れ、遠くから様子をうかがっていた。 10分ほど待つが姿は見えない。またもや仕方なしに電話をかける。
「何処におるですか?」「ハチ公の前におります」
「ほう、ちょっと飛んでみてください」「えぇ、ほら!」
「うーむ、見えませんな」「そうですか」
「では次に寝そべってジタバタしてみてください」「えぇ、ほら!」
「うーむ、見えませんな」「そうですか」
「そこは本当にハチ公の前ですか?」「えぇ、これはハチ公のはずですが」
「では、ハチ公にまたがって”悪魔を憐れむ歌”を歌ってみてください」「えぇ、分かりました」
その時、ようやくハチ公の上にまたがるサングラス姿の殿のお姿が見えた。 金曜の夜というのは姿を見つけるだけでも大変なことである。 「では、今日はどういたしましょう?」「わたしはお腹が空きました」 「それでは何かを食しましょう」「えぇ」しかし、人ごみを見ただけで気後れしたわたしは 「しかし、この人では・・・」と言うと機転をきかせた殿は 「それでは下北へ参りましょう!あそこは食べ物屋も多いでござる」 「ほう、それは結構な」 我々は下北へ移動することにした。井の頭線で下北へ向かう途中、殿が所持する袋が気になって尋ねてみた。 「それはナンですか?」「これはここに来る前、下北で服を買ったのです」 わたしは「今から何処へ向かうか知っていますか?」と言おうとしてやめた。 気持ちよさそうに鼻歌交じりでご機嫌に歩く殿の笑顔を見たからである。 <第1部 終>
下北道中膝栗毛 ~春は馬車に乗って
雑感
