家で酒を嗜むというのは年に数えるほどしかない。酒を飲まずともいられる体質なのである。 しかし、今、これをほろ酔い気分で書き付けている。 何故か?・・・事態は金曜の夜へとさかのぼる。
母上が来宅した。これは天災の一種で前触れはほとんどない。 ただJ三郎からその日の昼、「もしかすると・・・」という電話があっただけだ。 そう意味では地震に近い。台風であれば天気図を見れば多少は分かるし、火事なら火の元に気をつければ良い。 女性の一人暮らしのところに母親が尋ねてくる場合というのはもっと楽しげで和気あいあいとしたものなのだろう、と 想像できる。どうなのだろう?そんなことはないのかな。まぁ、別にいいや。今はそれは議論の対象ではない。 いいですか。わたしのような超男性、花も恥らう独身貴族、いや、独身公爵、合理性をとことん排除し、 神秘主義のど真ん中、王道まっしぐらを突き進んでいる人間にはそういうことはとても我慢できる出来事ではない。 といっても我慢するしかないのである。それ以外にわたしに何が出来ようか。 夜、帰宅すると母上がいた。わたしは一晩中恐ろしさに震え、膝を抱えながらうずくまるようにして寝た。 翌朝、叩き起こされる。
「さぁ、買い物に行きますよ」「はい・・・あぁ、ダンディズムが」「何ですか?」「いや、何でもないです」
「さぁ、片付けをしますよ」「はい・・・あぁ、デカダンスが」「何ですか?」「いや、何でもないです」
「さぁ、これらの本を捨てなさい」「はい・・・あぁ、ニヒリズムが」「何ですか?」「いや、何でもないです」
汚くなった絨毯を捨て、新しいのを敷き、電球を磨き、台所を片付け、本をまとめては縛り、まとめては縛り、ちぎっては投げ、ちぎっては投げる。 時には悲しみのあまり気がつくと破ったページを食べてしまうこともしばしば。 そうやってわたしの一日は過ぎてゆく。それでも夜からは「演舞の練習ですので」と言い残し逃げ出す。 日曜の昼間、母上は「ゴミは出すのですよ」「本は一度読んだら捨てるのですよ」 「公共料金はちゃんと払うのですよ」「夜は眠るのですよ」と幼児に諭すように15回ほど言うと帰っていった。
神聖な週末の半分が終わった。今、わたしは深夜の部屋に一人だ。 テレビの画面には全英オープンが映り、マーヴィンの「What’s going on」が流れている。 綺麗に整頓された部屋も半日で崩壊しつつある。そういう状況でわたしはグビグビやっている。

