オリンピックの開会式

 深夜からオリンピックの開会式を見る。「人間とはなにか?」 というまるでゴーギャンの絵のようなテーマの中で壮大な歴史絵巻が繰り広げられる。 登場人物たちが美しい肉体で次々とあらわれる度に「うーん、うーん」 とわたしは深夜一人で膝を抱えうなり声をあげながら見ていた。 いつの間にか涙があふれてしまっていたのはわたしの9代前と17、18、19代前の 前世がギリシア人であったためだろう。 入場行進は今まで聞いた事なかった国名も出て来て、それぞれの民族衣装を身にまとったりしていて 非常に面白い。イラクが行進をする時にはひときわ大きな歓声が沸き起こった。 参加者が何百人単位の国もあれば、数人程度の国もあるが、 みんな楽しそうで誇らしげだ。数人程度の国の行進を見たりすると ますます、メダルなどどうでもいいような気がしてくる。 こういう行進を見ているとわたしのような無政府主義者でも色々考えざるえない。 ようやく独立を勝ち取った国などが自国の国旗を掲げて嬉しそうに歩いているのを見ると 「良かったなぁ」と素直に思う。 そういう愛国心は戦争時のアレとは非常に紙一重な存在でありながら両極に 存在するアレなのに違いない。フっとした拍子にどちらに転がってしまうか、 分からないような代物ではあるが。しかし、それ故に美しく、なにか心を揺さぶるものがある。 愛と憎しみ、あるいは生と死と同じようなものか。少なくともわたしにとってはそれは 同じものだ。柔道で柔ちゃん、野村選手、金メダルを取る。共に結婚後、そして3連覇と もの凄い快挙だ。「勝てー!死んでも勝てぇぇぇぇー!」と テレビの前でのたうちまわる。メダルなどどうでもいいのだ、と言っておきながら の愚行である。完全なる不一致。いかに人間、考えている事とやることが一致しないか、 という良い見本である。「人間とはなにか?」今のところ、わたしに限って言えば どうやらそういうものらしい。