その名の如く木で出来た馬

9時半に電話が鳴り響き、目覚めてしまう。車のセールス。
「今、どんな車に乗っていますか?」
「いや、特には」
「どういうものがお好みでしょうか?」
「木馬が良いです。出来れば白いのが」
「それはオートバイのことでしょうか?」
「いや、その名の如く木で出来た馬です。木の方が温かみがあるでしょう」
「まぁ、それはそうでしょうが。しかし、スピードもでないでしょうし、何よりも振動や音がないのではないですか?」
「ええ、そうでしょう。でもわたしの場合はそれでいいのです」
「いや、良いことはないのです。間違っていますよ。あなた」
「わたしのことを間違っているという、あなた、そういうあなたはいったい何者ですか?」
「車のセールスをしています」
「あぁ、先ほどそう言いましたね。あなたは確かにそう言いました」
「ではもうお分かりでしょう。専門家であるわたしが言うのですから、わたしの方が正しいのです」
「ふーむ、そうなのですかねぇ」
「あなたはもっとスピードが出て振動があって低音の利いた車を選ぶべきなのです」
「しかし、あなた、わたしはギッコラ、ギッコラやっているのが楽しいのですよ」
「ナニを馬鹿な。それでは何処にも行けないではないですか」
「えぇ、わたしは何処にも行きたくないのです。そもそも何処かへ行く、などという事が可能なのでしょうか?」
「さぁ、それはわたしには分かりかねます」
「世界のどこかには太陽の沈まない国があるというのは本当ですか?」
「さぁ、それは・・・」
「世界のどこかには海よりも大きな滝があるというのは本当ですか?」
「さぁ、それは・・・」
「わたしだってここ以外の何処かへ行ってみたいとは思います」
「さぁ、それは・・・」
「それにしてもあなたはわたしに対して愛のある言葉を一言も言ってくれなかった」
「しかし、それは・・・」
「分かっています。あなたは車のセールスをしています」
「ええ、ええ、そうですとも」
「そしてわたしが欲しいのは車ではありません」
「ええ、そうらしいですね」
「もう電話を切りましょう。陽が高く昇りすぎました」
「そうですね。今度またお電話をしてもいいですか?」
「ええ、構いませんよ。お待ちしています」