最近は家にこもりっぱなっしでナニをしていた。ここ一月ほど空いている時間は全てナニに従事し、 空いていない時間でも脳はナニに向けられていたので、ブツは調子よく生産された。このペースで 活動すれば、年に150曲は作れるはずなのだが、まぁ、それはおそらく無理で60くらいがいいところだろう。 一月で5ならゆるい位だ。しかし、そういう場合は数は本来問題ではない。質の問題なのだ。 とは言え、自分で作ったものの質を自ら検討するのはわたしには非常に難しい作業である。 よって、わたしは質については考えないことにしている。 そういう事はみんな贅沢たくな事だと思うことにしている。そういうことは何も考えないで済ます。 ただ、一つ、二つ、三つ、と星マーク、あるいはハートマークをカレンダーに書き込む。 そして書き込んだ星の数だけ豆をまき、それを拾い集めて食べる。あるいは星の数だけ机に潜水艦の魚雷と髑髏マークのシールを 貼ってみる。それがいっぱいになると嬉しい。だからわたしにとってはそういう事は数の問題になる。 そんなことを考えているとイラクで日本人人質事件が起きていた。これは数の問題ではない。 そういう状態にしてしまったこと、自衛隊と言う軍が日本に存在すること、 アメリカ追従型の政治手法を取っていることに大きな問題があるように思える。 どうして唯一の原爆の被爆国であること自覚し、武器を放棄することを率先して世界に示さないのか。 わたしは人間は本来、闘争の欲求をもっているものだと思う。 だからと言ってアフガンで機関銃を持っている子供が楽しいはずがない。 どうにもならない状況でどうにかするためにああして銃をもっているはずなのだ。 戦争は純粋な闘争の欲求ではなく、もっとイヤラシイ欲求の現れなのである。 歴史は繰り返すと言う。人類はもう4000年以上も戦争を続けている。 それでも人類は少しずつでも進歩していると思いたい。少なくとも我々は誰かを殺すために生きているわけではない。 どちらかと言うと、いや、間違いなく誰かを愛するために生きているのだ。
最近は家にこもりっぱなっし
雑感
