昨日買った「放送禁止歌/森達也」を読み、放送禁止の定義について色々考える。 高田渡のくだりで”「浮浪者」という言葉を「ホームレス」に置き換えたらどうですか?” と言われ”絶対にそれはない。もし言葉を言い換えたならその瞬間にこの歌は意味を全て失う”と言って いた箇所が印象的だった。またわたしは「竹田の子守唄」が好きでよく口ずさんでいたが、 そういう事情だとは知らなかった。昔、「破戒」を読んだときにも差別の話が出てきたが実際にはよく分からなかった。 そういう問題は色々難しい事情もあろうが、わたしとしては 結局のところ、言葉を使う側の個人の意識の問題であり、また隠蔽は何の解決にもならんのではないか? と思った次第。そういうことを考えながらも同時に「ダンディズム」と「テアイテトス」を交互に読み、 その合間に「鎌倉ものがたり/西岸良平」を読むという破廉恥行為を行う。自分でも謎だが 3日もするとちゃんと読み終えるので不思議だ。「ダンディズム」は男性、女性を問わずお勧めできる一品だ。 18世紀末のイギリスの伊達男、ジョージ・ブランメル。これも大事なのは思想であり哲学の問題。 既存のモノに対する反抗。権力に対する反抗。大きい力に対する反抗。挙句の果てには自分自身にさえも反逆する。 昨日の自分なんか蹴り飛ばしてやるんだ。そこで命がパーと開く。 芸術は爆発だ。痛快。いまここにダンディ=岡本太郎説が浮上した。
放送禁止歌/森達也
本
