ARTのパワースポット

 夜から下北方面にて民族舞踏の練習があるので夕方からくり出す。 本棚を一瞥して「ARTのパワースポット/横尾忠則」を持ち出す。 前にも一度読んだはずなのだが、電車の中であらためて読んでみると今、わたしが 必要としている思想とピッタリくる。「うむ、ついにきたか!」わたしは 電車の中で両手を上げ、ガッツポーズをしたい気分になった。しかし、そういう 子供じみた振る舞いは押さえて「今日のわたしは金メダル。。。うふふ。」と呟く程度にした。 ナニかを本当に必要としている時にはこういうものは向こうからやってくる、とわたしは信じている。 昨日でも明日でも駄目だ。こういう時は非常に気分がいい。

下北に着いても高揚した気分のままで喫茶室で引き続き読書をしたり、 手帳に絵を描いたり、ニーチェばりの格言をこしらえたり、ネタを作ったりする。 暗くなるとケースケ殿とスタジオへ行き、ギターをかき鳴らす。終わると反省会と称した お茶飲みとお喋りと戯れ言。あまりに一緒にいるので我々は少しホモセクシャルだ。 しかし、後ろから抱きしめてしまいたい、という感情などは巻き起こらないので違うのだろうか。 おそらくは南方熊楠が言っていたところの「衆の男道」というジャンルになりそうだ。 更なる研究が必要。帰宅しテレビをつけると柔道がやっている。

3位決定戦のロシアの選手の執念が素晴らしい。血まみれでガッツポーズをし、笑顔で雄叫びを 上げるというのは最高の瞬間であろう。わたしだってやれるものならやってみたい。あの瞬間のために恐らくはたくさんのモノを犠牲にし、 努力を重ねてきたのだ。しかし、勝負が決まった瞬間というのは勝った方も負けた方も 実にいい表情をしている。わたしは第三者なのでこういうのんきな事を言っていられる。 競技なので、勝ち負けというのはどこかでついてしまうけれども これも相手がいるから成り立つのである。 そしてこれは競技に限らない。そういう基本的な事をわたしは今日、柔道を見ていて 初めて知った。