「らすた」という名のラーメン屋

「らすた」という名のラーメン屋に行く。とんこつ醤油の店でラーメンの種類は「ら すた麺」というもの一つしかない。そこに何かしらのトッピングメニューがあるだけだ。 店内に入るなり、”I don’t wanna wait in vain for your love”と来た。 ボブだ。うーん、ヤバイなぁ。しかし、まだラーメンが運ばれてこないので こぼれ落ちそうになる涙をこらえながら聞き入る。「はい、お待ち!らすた麺です!」 わたしの目の前にラーメンが置かれた。一瞬の静寂、それから”Could you be loved… And be loved ”これは厳しい。わたしは基本的に音楽がかかっているところで食事をするのが苦手である。 流れているのが好きな曲なら尚更だ。これは別に「音楽に集中したいのだ!わたしの耳の邪魔をするな!」 的な格好いいものではなく、急に音がうっとおしくなり、ご飯が不味くなる、という生理的なものだ。 かかっている音楽が何だが分からなくなり、食べているものの味も分からなくなってしまうのである。 軽い音楽やクラシックなら問題はなく、また食べているものがファースト・フードなら問題はない。 絵を描いたり、文章を書いたりしているときには大音量で音が流れても平気なのでこれは不思議だ。 そして不思議なことならどうしたって考えなければならない。 しばし、そのメカニズムについて考えを巡らす。これは入力と出力の関係ではないか? 絵を描いたりするのは出力の動きなので 音が脳ミソに入力されても問題はないのだ。何故なら入ったものは出るからである。 ところが食事となると入力の動きをしている上に、音も入力してしまうので 脳ミソが混乱するのである。これに耐えうる人もいるが、こういう人は脳ミソの処理系統が優れていて 上手い具合にメカニズムを制御しているのであろう。多分、そうだよ、ケースケさん! 問題は脳にあったのだ!この驚天動地の結論に至ったわたしは脳ミソを使いすぎたためか、 熱っぽくなってしまい今日はいつもより早めに眠りと言う名の死に至る。